もう10年なのかまだ10年なのか東日本大震災から10年が経ちました。
何年経っても、3月に入ると、ピリッと気が引き締まりこの日を過ごします。4年前に私は、どうしても東日本大震災の被害をテレビだけでは無く自分の目で、どれほどの被害があったのか、どれぐらいの規模で復興されているのかを確認したく岩手県、宮城県、福島県の海岸沿いをレンタカーを借りて走りました。
観光協会が主催する、語り部による学びのプログラム、震災遺構を訪問させて頂きました。
「震災遺構」何度か耳にされた事はないでしょうか?震災が原因で倒壊した建物などを、次世代に向けて震災が起きたという記憶や教訓の為に、取り壊さないで保存していくものです。
語り部さんのお話や震災遺構を見て聞いて色々な事を感じ経験し学ばさせて頂いたので、私にとって3月は災害についてより深く考える月となっています。
その中で、今回グループホームとしてどう災害に備えるかを改めて考え準備させて頂きましたのでその経緯などを含めてご紹介させて頂ければと執筆させて頂きました。
数多く残る震災遺構
東北地方を訪れるとまず目にするのが、造成中の土地、ダンプカーなどの重機の多さに驚きます。それらに伴い砂ぼこりが立ち込めていました。6年経っても復興している真っ只中なのだなっと感じました。

ガンガン、ドンドン、ゴォォォと引っ切り無しに音を立て復興が進んでいる場所を抜けると、テレビでよく目にする奇跡の一本松が現れます。

この日はなんと一本松の頭上に「ハロ」と呼ばれる太陽の周辺に丸い虹が!!!!
そんな中、海外や遠方より、引っ切り無しに数多くの方が祈りを捧げに訪れており非常に感慨深いひと時を過ごさせて頂きました。








多くの震災遺構を拝見させて頂き、最後に大川小学校にたどり着きました。数十分の滞在でしたが、その間でも多くの方が祈りを捧げに訪れていました。





ここにたどり着き思ったのが、関係のない自分が訪れるのは不謹慎なのか?と感じさせるぐらいの大惨事がここでは、起こっており胸が引き締められました。
定期的に、「津波の怖さだけでは無く油断する怖さを知ってほしい」
と遺族の方らで構成される団体により、語り部ガイドが開催されているそうです。
この油断する怖さの意味が、こちらに訪れて十二分に感じる事が出来ました。
訪れた震災遺構は、多くは海岸の近くでしたが、こちらへたどり着く道のりは、山へ山へどんどん進んでたどり着き、まさに山と川が広がる、まったく海を感じさせない風景が広がっておりました。実際にも海からは約5KMも離れた場所です。校庭の裏には直ぐに山が広がり準備があれば容易に山へ逃げ込めた場所でもあります、しかし誰がここに津波が押し寄せてくると想像が出来たでしょうか?
しかし現実は、津波が近くの河川を遡り、安全と思われていた小学校を津波が襲ったのです。
それらは、まさに油断する怖さであり、その油断が災害時に大きな被害につながるメカニズムなのだな~と深く深く感じ、今でも、自分の防災意識の向上につながっています。
そこで、今回改めて、20年以内に確実に起きると言われている南海トラフ地震について調べてみました!
するとまさにあの時に学んだ、油断の真っ只中に自分が置かれている事に気づき、法人としても防災に対する備えをスタッフで考えました!
今回は長文になりましたので、次回に南海トラフ地震の怖さや、グループホームでの利用者様を守る為の備蓄品などの備えをご紹介をさせて頂ければと思います!
それでは、感染症に気を付けて安心安全の生活をお送りください~~。

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